2019/03/12

僕はいま、東京にいる。

今日は2019年3月12日。
僕はいま、東京にいる。

また何も発信しない生活を続けていたけれど、
再開してみようと思う。

代田橋のCHUBBYというカフェで、3回目となる個展を開催する。
それが約1ヶ月。
「メルシーボークーの朝」というタイトルの個展。
12時から作品の搬入を始めて、19時に終わった。
あの広い空間を構成するのは至難の業。だから、とても順調。

今はマンスリーマンションを借りて東京に来ているけど、
僕は彼と一年前に埼玉県の秩父へ越した。
一番の目的は、僕の病気を治すこと。
季節を感じること。星を見上げること。
健やかで豊かな生活を目指すこと。

だから、僕は今物凄い狭い部屋でこれを書いていて、
物凄い狭い部屋で一ヶ月を過ごすのだ。

・書きたいときに、書きたいように
・日記をつけるように書きたい
・嬉しかったっことは特に書きたい

そんな感じで進めようかと思う。

明日が個展初日なわけだけど、
少しずつでいいから、本当の自分で居られたらいい。

明日、楽しみだ。



2017/09/06

鏡の前で呆然と




鏡。

僕はよく鏡を見る。

今自分がどんな顔をしているのか、確認するためだ。

僕は自分の感情が分からなくなることがよくある。
そういう時に鏡を見る。

また、最近よく鏡の前で呆然と立つことが増えた。

悲しい?
ふつう?
ふつうってなんだろう。
ふつうの状態もよく分からない。

とうの昔に忘れてしまった。

下がって下がって、少し上がって、また下がって。
こんなのもう嫌だ。
もうこんなの。

二人の自分。

他者との自分と、鏡の前の自分。

そうか、当然だ、誰にでもあることだ、と
思うようにしている、していない。
どちらでもない、ただ分からない。

今日はもうカーテンを閉めた。
部屋は真っ暗だ。

曇りの光さえ、眩しい。

こういう時こそ筆を持つべきかもしれない。
でも、その力が ない
真っ暗な中で僕はひたすら眠りを待つ。
夢をよく見る。寝ても起きてもまた寝ても。

パソコンの光が眩しい。
ただただ、分からない。

終わりにする。


2017/09/02

僕はとんでもない馬鹿者で、今日もお腹を空かせている。


風に吹かれて。

昼過ぎからの爽やかな空気。
湿気もなく、風も気持ちよく。

夏から秋へと、移り変わってゆくのだと感じた今日。

夕方、洗濯物も済ませて、アイスコーヒーと音楽と、屋上へ。
涼しい風が吹き抜ける。

穏やかな高い空。
二羽の鳥が巣へ帰る。帰る場所があることに気づく。
僕にも。

すぐに行き詰まる。
真面目にしようとする。
自由を楽しむことを忘れた。
そんな自分。

大切な人は数人でいいと言ったことば。
温かいごはん。
側にいるやさしさ。

僕はとんでもない馬鹿者で、
いつも失敗するし、
やさしくもないし、
仕事と個展のことでいつも頭がいっぱいで。
何もできないと思い込んでいる、馬鹿者。
何もできないのではなく、何もしないのだ。

僕はお腹を空かせていて、
でも、温かいごはんはない。

やさしさとは。
すぐ側にあったやさしさとは。

僕はとんでもない馬鹿者で、今日もお腹を空かせている。



2017/08/24

そんな祖母も死んでしまって、もう、草や花の名前も忘れてしまった。


ここ四ツ谷にも、虫の音は響いている。

日中はまだまだ暑いけれど、夕方にもなると、もうすぐ夏が終わるんだなと感じる。

僕は徳島県の物凄い田舎で育った。
僕自身が特殊なことは知っているけれど、高校生にもなっても、帰り道に山の中へ行って、枝を拾ったり、赤い実を摘んだり、そしてそれを持ち帰って、何か作ることがとても好きだった。

上京して14年になる。
東京では、枝も実も、そんなに落ちてない。
僕の根底には、やはり田舎の山というものがあって、川や森というものがある。

小さい頃から山の畑へ祖母と一緒に行って、この草の名前はこうじゃ、あの花の名前はこうじゃ、
と教えてもらった。僕は小さい頃の方がずっと物知りだったと思う。
そんな祖母も死んでしまって、もう、草や花の名前も忘れてしまった。
季節の山菜採りや、畑仕事はよくやったなとたまに思い出す。

東京に住んで、いいこともあったし、忘れてしまったこともあった。
どちらがいいとは、分からない。

僕の家には、たくさんの物がある。
昔も書いたことがあるが、蟻のように集めてきた何かが、所狭しと置いてある。
友人たちがうちに来ると、よくかまむーっぽい家だねと言われる。
そりゃ確かに、そうかもしれない。

最近は陶芸教室にも通って、陶器の置物や壁掛けがたくさん増えた。
土に触るのは、やはり僕にとっていいらしい。

よく思うのだ。
せめて、文字や陶器の何かは、自分らしくありたい。自分の手で作って、形は変でも温かい物が作りたい。
会社では一日中パソコンを見つめている。

僕は最近、また様子がおかしい。
自分でも感じている。
今日も全く眠れていない。
睡眠はとても大事なのに。

近くに山や森や川が無くなって、僕は途端にすることが無くなった。
休みでも仕事のことを考えているし、なんなら仕事しているし、今年の年末の個展の制作のことばかり考えている。と、言われる。

最近、仕事の幅が増えて、楽しくなってきてもいる。5年目のことだ。
だけど、僕の体や頭は、たまに言うことを聞いてくれず、何もできなくなることがある。
もう随分と上司や職場の人たちに迷惑をかけた。最近もまた。

あ、この文章に終わりがないと今気づいた。
そして暗くなってきていることも。

僕は有難いことに、周りの人たちの力をたくさん借りて、生きている。
どうにか、生きている。
長生きをしたいとは全く思わないけど、個展を何回かしてから、いなくなってもいいなと思う。

その一回目が今年の12月ですよ〜
みなさん、よろしくどうぞ。

そりゃもうめちゃくちゃ大売り出しです。
文字も陶器も。
大切にずっと置いていた物たちも、もう旅立ちの時です。
僕の側に、よく居てくれました。

とかね、そんな話です。

ごめんなさいね。

それでは。






2017/08/10

僕がスイッチを入れたから。


扇風機が回り続けている。
僕がオンのボタンを押してからずっと。

クーラーが動き続けている。
僕がスイッチを入れたから。

この部屋の中には、二つ風のような音がしている。

でも風ではない。

ゆるやかに、体調が落ちてきている。
僕の中では、余計な風が吹いている。
スイッチがどこにあるのか、分からない。

個展をひらく。
12月のこと。

タイトルはまだ未定。

一つか二つ、気に入ってもらえたらうれしい。

2017/08/08

無題


背中が重い。

僕は二人いる。

どこで分かれて、どこで一緒になるのかは分からない。

空を見上げるのはどちらの自分なのだろう。

カーテンからそっと外を見つめるのは、どちらの自分なのだろう。

逃げ出したくなるのは、一体どちらの。


  どちらだっていいのだ 本当は
  もうすぐ谷が来る
  それだけは分かる

こわい。とてつもなくこわい。

あした

あさって

百年先も

うそ

せめて今だけでも。

あれ、おかしいな、詩とかかくつもりだったのに。

こんな文章、誰が読むんだろう。
誰の特になるのやら。

終わりにします。


2017/08/07

二千十七年八月七日 雨


湿った空気

夕立の前

蝉のなき声

そっと覗く 外

パラ パラ

降り始めた雨

濡れる屋根

少しだけ窓を開けて

机に戻る

蝉の鳴き声

強くなる雨


2017/08/01

質素な暮らしを  (無理かもしれない)


今日は何を感じただろうか。
何をしただろうか。
僕は僕でいられただろうか。

最近、気づかぬうちに一日が終わっている。
僕は毎日夜の9時半に薬を飲む。
たくさんの薬。4年経ったけど減らない。
薬を飲むと僕の今日の制限時間はごく少なくなる。

酷いころは、朝起きたら大量のお菓子やコンビニのおにぎり、冷凍食品がダイニングテーブルの上にばらまかれていた。薬を飲んで、記憶がなくなるギリギリで、外出した痕跡だ。
夜中にお菓子を大量に食べていた。これもまた、朝起きるとベッドの側の床に、大量のポテトチップスがばら撒かれていた。
それを見ても記憶がなく、自分の行動ではないように感じる。
でもやったのは自分なのだけど。
よく、不思議な気持ちになった。

最近はそのようなことはなくなったけれど、果たしていつ完治するのか分からない。

今はそう状態らしく、僕は全く疲れない。
早朝に会社に行って、終電で帰っても、何も思わない。
山があれば谷が来る。
それは分かっている。
僕はそれがこわい。

最近はまた文字をたくさん書くようになった。
個展をひらくからだ。
調子がいいので、文字の調子もいい。

僕はもっと文字で自由になりたい。
自由って、平たい言葉だけど、そう思う。
当たり前と思っていることの隙間をできれば見つけたい。
僕は根が真面目なので、真面目に文字の形を書こうとする癖がある。
邪魔な癖。
文字は単純で、線や点で構成されている。
だから、文字は無限の可能性がある。
しかもとてもシンプルで、だいたいが白と黒で構成される。
書家にはなりたいとは思わない。
文字を書く人として、ささやかな暮らしができればいい。
たまに個展を開き、たまに作品が売れて、たまにデザインとかもしたりして、
質素な暮らしをすればいい。(無理かもしれない)

僕は、文字で生きていきたい。
そう思っている。