2009/10/30

光を失うこと





うん、土曜日の夜に乗るから、そっちにはたぶん、うん、そう、6時前とか。


うん、あ、ばあちゃんから手紙届いたよ。よろしく言っといて。


うん、迎えよろしくね。


僕は電話を切る。
その日実家のばあちゃんから手紙が届いた。
じいちゃんの具合がおもわしくなく、付き添いで病院にいるばあちゃんも疲労困憊の様子。
先月ばあちゃんは90になった。
僕は親不孝でもじじばば不孝でもある。
それに気づいた時にはもう自分はここにいて、だからこそ、離れた家族を大切にしたいと、思う。
それは姉兄に対してもそうなのだ。


ほとんど視力のないじいちゃんは病室が家だと勘違いをする。
看病で病院に籠りきりのばあちゃんは、病院の玄関で自分の靴を脱ぐようになった。
そしてその靴をまた探し、見当たらずに新しいものを買っている。
孫は皆 実家を離れて暮らしている。
何か日常の中の変化をと思って、手紙を書いた。
その返事が、届いたのだ。
ばあちゃんの手紙は古い文字で書かれている。


お手紙 有難たう


いや、救われたのは、僕の方だ。


その手紙には、
じいちゃんが孫三人の名前をベットの上でよく呼ぶこと、
毎日ばあちゃんが新聞の隅からすみまで読み上げること、
ご飯はスープン(こう書かれていた)で一さじ一さじ食べさせていること


お粥等は百回も一本のスプンを大切に三度食べさせて居ります。
じいちゃんの両眼は盲目です。
十月前迄は見えていたが、もう見えないと一言しゃべりました。(抜粋)


微かに見えていたものが、もう見えなくなった。
もうじいちゃんは僕らの顔をみることも、
最愛のばあちゃんの顔をみることもないのだろうか。
だけど、僕ら孫は今迄以上にしゃべりかけよう。
正月だって皆そろって、じいちゃんの好きなすき焼きを食べようじゃないか。


僕は手紙をよんで 外の景色を見た。
息をたくさん吸い込んで 一日を終わりにした。
昨日のこと。


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