うん、土曜日の夜に乗るから、そっちにはたぶん、うん、そう、6時前とか。
うん、あ、ばあちゃんから手紙届いたよ。よろしく言っといて。
うん、迎えよろしくね。
僕は電話を切る。
その日実家のばあちゃんから手紙が届いた。
じいちゃんの具合がおもわしくなく、付き添いで病院にいるばあちゃんも疲労困憊の様子。
先月ばあちゃんは90になった。
僕は親不孝でもじじばば不孝でもある。
それに気づいた時にはもう自分はここにいて、だからこそ、離れた家族を大切にしたいと、思う。
それは姉兄に対してもそうなのだ。
ほとんど視力のないじいちゃんは病室が家だと勘違いをする。
看病で病院に籠りきりのばあちゃんは、病院の玄関で自分の靴を脱ぐようになった。
そしてその靴をまた探し、見当たらずに新しいものを買っている。
孫は皆 実家を離れて暮らしている。
何か日常の中の変化をと思って、手紙を書いた。
その返事が、届いたのだ。
ばあちゃんの手紙は古い文字で書かれている。
お手紙 有難たう
いや、救われたのは、僕の方だ。
その手紙には、
じいちゃんが孫三人の名前をベットの上でよく呼ぶこと、
毎日ばあちゃんが新聞の隅からすみまで読み上げること、
ご飯はスープン(こう書かれていた)で一さじ一さじ食べさせていること
お粥等は百回も一本のスプンを大切に三度食べさせて居ります。
じいちゃんの両眼は盲目です。
十月前迄は見えていたが、もう見えないと一言しゃべりました。(抜粋)
微かに見えていたものが、もう見えなくなった。
もうじいちゃんは僕らの顔をみることも、
最愛のばあちゃんの顔をみることもないのだろうか。
だけど、僕ら孫は今迄以上にしゃべりかけよう。
正月だって皆そろって、じいちゃんの好きなすき焼きを食べようじゃないか。
僕は手紙をよんで 外の景色を見た。
息をたくさん吸い込んで 一日を終わりにした。
昨日のこと。

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