2017/07/31

真冬のの手洗い場、あの時も、今も、ずっと彼女は



僕の尊敬する友人。
美大の大学院の時に出会った。
彼女は大学4年生だった。

僕は文字を山ほど書いていて、
彼女は紙で石を山のように作っていた。

真冬のの手洗い場。
お湯なんて出ない。

夜中まで作業することが多く、
彼女もまたそうだった。

当時はそんなには喋らなかった。

お互いの存在はなんとなく知っていて、
手洗い場で合った時なんかに、
「水が冷たいね」「遅くまでやっているね」
なんてことを話したと思う。

石を作り続けた彼女は花王に入り、僕は資生堂に入った。

なんとなく同じような仕事で、卒業してから、たまに会うようになった。

卒業制作で見た、彼女の紙の石は、同じ形は一つもなく、凛としていて、まるで本物の石がそこにあった。
僕はとても感動した。
こんな素晴らしい作品を作る人なんだと。微かな、僅かな、そんな感覚を持っている人なんだと、
また感動した。

僕は彼女を尊敬している。
彼女は言う。
「美しいものを掬い取りたい」と。
僕はとても納得した。
彼女はとても真っ直ぐで、強い芯があり、とても温かく、愛情深いと僕は勝手に思っている。
変な言い方だけど、とても人間らしいなと思うのだ。

そんな彼女が結婚した。
今は和歌山に住んでいる。

結婚式が数日前にあったのだけど。
本当に彼女らしい、温かい、人の体温のように安心できる、そんな雰囲気があった。

人前式で彼女は森の中から出てきた。
大きな木に、白い長い布がかけられていて、その日は風が強く、白い布が色んな方向になびいた。
話には聞いていたけど、彼に会うのは初めてだった。
彼の友人たちは口を揃えて難しい人だと言っていた。でも、すごく二人の空気が素敵に思えた。

二人はとても美しかった。潔さも感じた。なんというか、普通の結婚式ではなかった。
僕はウエルカムボードという名の作品を作ったのだけど、その依頼の時に言ってた。

この結婚式は、今までお世話になった人たちに、私たちはこれからきちんと生きて生きます、そして、どうもありがとうございました、と伝えたいと。そのようなことを言った。

ウエルカムボードに関しては、そのような形でなくていいと言った。
二人の節目の日に、僕の作品を飾りたいと、ウエルカムボードではなく、作品にしてほしいといった。
僕は大丈夫かなと思ったけれど、作ってみることにした。
夏の、鎌倉の朝、10:30、二人の結婚式。

海を作ろうと思った。それは感覚的に思った。しかも、陶器で海を作りたいと思った。
とにかく、冬の海でもいいから、午前10:30の海を見なくてはいけないと思った。
冬の海はとても寒く、少し暗かったけど、きっと夏の海はキラキラしているんだろうと思った。
そこから、海とたたかう4ヶ月が始まった。毎週陶芸に通い、ひたすら線を引いた。
4つ。たった4つ。4ヶ月でできた海は4つ。
二人に贈ったのは四つ目の海。僕は四つ目の海というタイトルで短い文章のようなものを書いた。
喜んでくれただろうかと、思ったりするけれど、もう渡したから、考えないことにした。
二人の暮らしに馴染むことを願っている。

話がそれた。巻き戻そう。
大学の手洗い場で筆を洗っていた彼女。そして森の中をゆっくり歩いてきた彼女。
ああ、繋がっているんだ、そう思った。あの時も、今も、ずっと彼女は繋がっている。
何かは変わったかもしれない。それは分からない。でも。僕の前にいる彼女はあの時の彼女の先にいる、そう思った。あどけないあの時の彼女は本当に素敵な女性になっていた。
お互いに社会に出て、もみくしゃにされて、それでも頑張って。彼女は仕事を辞めて和歌山へ行った。
すごいと思った。

そのようなことを考えていたら、涙が止まらなかった。
僕や多分彼女にとっても、社会というものはとても生きづらい。
色々な波を越えてきたのだなと思った。

彼、彼女はとても嬉しそうだった。
それで僕も嬉しくなった。
会場は、色々な楽器の生演奏で、とても楽しい空気があった。

結婚式はあっという間だった。
最後に彼女は両親に作文を読んだ。手紙ではなく作文を書きましたと言っていた。
タイトルがきちんと覚えられていないのが本当に残念だけど、素晴らしい作文だった。
僕はまた大泣きした。

暮らし。ふたり。これからの未来。

翌日、文字を書いた。ふたつ書いた。
森の中の花嫁 忘れないように。あの気持ちをここに残すために。
何枚も書いた。僕にとってはとても珍しいこと。
何枚書いても、届かない。
息を止めて、汗を書きながら、声を出して思い切り書いた。こんなことも滅多にない。

それを載せて、この長い文章を終わりにする。

ふたりへ、どうもありがとう。







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