2010/04/27

と、さっきから


日付が変わって、あと一日になった。
あと一日で、ぼくのドキドキは限界に達するであろう。

勝負ではないのだが、
勝負のときだと思っている。
駄目ならすっぽり諦めよう。

だけど、勝ちにいくのだ。
ただ気に入られようと必死で終わる面接より、
せっかくだから、話をしてこようと思う。

とか言いながら、まだ全部終わっていない。
これから、7個も作品つくるのー
こわいのー
無謀なのー
でもシュークリームをティックくんが持ってきてくれたのー
それで血糖値あげるのー
今からやるのー
さっさとやるのー
まだ書くのー

と、さっきから部屋の中をうろうろ うろうろ。


2010/04/25


紙によって色の出方がやはり違うのか、と勉強した。

数字を振ったりして、研究しているみていでなんだか楽しかったりもする。


2010/04/24

二時間


ぼくはよく二時間を無駄にする。
いつもそうだ。
一時間ではなく、二時間なのだ。
もっと言えば二時間単位だ。
たまに四時間無駄にする。

大切なときに限って二時間を棒に振り、
自分の馬鹿たれとか思いながらまた二時間。

二時間は大切だ。
いざ。

晴れ、篠原。


篠原君は毎週トウキオに来ているらしい。

彼は僕の高校からの友達で、ジュースを賭けたバトミントンでは、
彼に連続30敗以上(もう覚えていないし、最後は数えてすらない)もし、
僕は1点も入れぬまま負けたこともある。そのうち奢ったジュースは最初の二本くらいなもんだ。

学校中を大声出しながら走り回り、
まるで小学生のような高校生だったと思う。
だが僕もそんな彼に巻き込まれ、それはそれは楽しい高校生活を送った。

そんな彼もアメリカの大学に進み、去年卒業して帰ってきた。
今はしっかり就職もし、見た目に反してものすごく色々考えていたり、
実行しようとしてりしている。
昨日、僕はデフレとインフレという言葉を教えてもらった。

恐らく来週くらいには、緒方くんという女の子にチヤホラされるたぶん隠れ変態なイケメンが就職で上京する。
後は山田君というまるでマンガの世界にいるような、
それはそれは性格のいいガイが来ればいつものメンバーはトウキオに集結するのだが、
彼はもう立派なパパなのだ。
高知でしっかりと暮しを立てている。

今日は晴れた。
篠原君は颯爽と帰って行った。

2010/04/23

途方



皆から送ってもらった手紙に囲まれ、
今僕は途方に暮れている。

立ち止まることがどんなに恐ろしいか予想はしていたが、
こうもぼーと足下を見つめてしまうと、全速力で現実逃避を始めるのだ。

こういうときの現実逃避の手段は、睡眠。
が、全速力で逃げれるのだから、やれることはまだまだある。

決戦は水曜日。
今特注している蝶ネクタイ、ならぬ棒ネクタイ(りぼんではなく、ただの長方形なのだ)
を颯爽とつけ、僕は面接に行くと決めている。

わ、ドキドキしてきた。

2010/04/20

0420


黄色い花には
大きな棘があった。

2010/04/19

0419


ゼミ。
卒業制作についての話。

最近制作の悩み事が多い。
だから日常のことで悩みたくないと願う。

今日はとても穏やかな一日だった。
全てが光って見える。
明日は曇るそうだ。

2010/04/18

と僕は言った


宇宙飛行士になりたい と僕は言った。
とても小さな頃、先生や大きな人に聞かれるとそう言った。
別段なりたいなんて微塵も思っていなかったが、
そう言うと大きな人たちは目を細めてにっこりすることを知っていたのだ。

空のもっと向こうは、もう自分では理解不能である。
星なんていうのも、
空の付属品というか、空の表面にくっついている感覚が取れないし、
何光年という単位は、一体何メートルで、例えばここから駅まで7分だから、
んーどのくらいだろう、なんて思うともう自分の許容範囲を越えて気絶しそうになる。
この目に見える範囲、見た事のあるものを信じるという癖はなかなか拭い去れない。
とは言っても、僕は出発直前の山崎直子さんと家族の様子をテレビ越しに見て、
とても感動したのだ。

旅する手紙、返信封筒が続々と届いている。
本当に手紙を入れて、撮影が終わったら投函してくださいと、うまいこと利用してくれる人も居て、
僕はなんだかいいなーと思うのである。
また書きたい事のために書かなくていいことを何倍も書いてしまった。

今日は晴れている。

2010/04/17

0416



という日。

ありがとう

という日。

2010/04/15

100414


中川政七商店という会社の説明会に行く。

無事終わり、にやっとして帰る。

2010/04/12

ありがとう。今は返事が思いつかない。


ありがとう。今は返事が思いつかない。

父からメールが届いた。

パパもママも疲れたよ。と
メールが来ていた。
まだ返さないうちに、新しくメールが届く。
でもパパとママの責任 と。

きっと今夜も祖母が荒れているのだと思う。

僕はメールを返信した。

家族のことを想うと、
物凄く重い気持ちになる。
作ろうとしていることも、なくなってしまう位に。

心配という気持ちは、
こういう種類なのか。
今夜も、きっと明日も明後日も、
僕の実家では嵐なのだ。
ここにいる僕は、僕たち姉兄は、
まるで遠くの台風の話のように、
きっと頭の隅で感じている。
ニュースで見る台風は、いつだって次第に勢力が弱くなり
そしていつかは海の上で消える。

明日は暖かくなると言っていた。

(Toshifumi  Matsumiya)

旅する手紙


今進めていることがある。
皆を巻き込んでの企画。

旅する手紙
と銘打ってのものだ。

今立ち止まると僕はとても不安になる。
ひとり考え込むと、果たして、果たして、と粗探しばかり。
進み始めたことを今は一生懸命する。

昨日第一波を郵送した。
このまとまりが、きっとある日突然届きます。
その際はどうかよろしく頼みます。

チェックくんにもとてもお世話になり、
この写真もとってくれました。
記録が残る、というのはなんだかうれしいです。
ありがとう。

(Toshifumi Matsumiya)

2010/04/06

満開を少し通り過ぎて


昨日の天気予報はどこも、今日が穏やかな一日になることを伝えていた。
確かにその通り、穏やかな一日だ。

徳島から帰り、数日が過ぎた。
今でも実家は嵐のような日々なのだ。

こんな穏やかな午後、祖母はどこへ行っているのだろうか。
田舎はせまい。
田舎はあたたかい。
田舎はつめたい。
都会は空っぽだ。

ここにいても、どこにいても
心配だ。

今日、日本デザインセンターから採用試験の案内が届いた。
課題提出と、面接が四月の終わりにある。
本命なのだ。
課題重視、課題が全てだと説明会のときに言っていた。
とても緊張する。
でも、始まった。

僕のところでも始まっているように、
他の人のところでも、今日始まっているのだ。

いい緊張感と、この穏やかな一日の中
新しい日々がスタートした。

2010/04/02

今雨が降っている。と書くために色々書いた


雨が降っていることを、
別のところでよく書くのだが。

雨が降っているときに、よく書き物をする。
雨が降っていることが、恐らく自分の非日常なのだ。
ということは、晴れていることが日常で、
少し考えてみたけど、
結局のところ、一年の半分以上は晴れているのだろうか。
それとも、日常だと思っていることも、
実際は雨だとか、少し雨だとか、わ雪だ とか
そういうことが半分以上あるのだろうか。

半分
今は一年を基準に考えていたけど、
そういえば一年なんていう概念も人が勝手に思っていることで、
季節は繰り返すと思っているけど、
本当のところの季節は、映画のフィルムのようにきっと長く連なっているのだろう。

半分を考えようとすれば、
ものすごく長いことのようだ。
だけど、平均を考えようとすれば、
例えばテレビの視聴率調査のように、ある一部を摘み出せばいいのだろう。
ということは、一年、でもわりかし間違ってはいない。

そんなことを考えているうちに、
晴れか雨かなんて、どうでもよくなるのだ。
今雨が降っている。

2010/04/01

三月が終わり桜は咲いた


朝四時がこわかった。
夕方六時と
夜の十一時がこわかった。

家の中が、駄目になる時間。
日々を繰り返すように、それは必ずやってきた、
あのこわい時間群。

こわい こわい うえーん
泣いたのはもう二十年も前のこと。

今はそんなわけにはいかない。
体を張って、守るものがあるのだ。
家族を、僕の中にある、少し浮いた家族像を、僕は守りに実家へ帰った。

おかしい と思ったのは、
祖父が死んだとき。
あのとき、祖母が変わった。

行かなければ と思ったのは、
二月の終わりのこと。
夜中に掛かってきた電話の向こうで、父親は意味不明なことを叫んでいた。

家族が壊れてしまう。
そんな不安を抱きながら、冬が事切れる少し前、帰路についた。

朝の四時
壁を叩く音がする。
何かをつぶやく声が聞こえる。
玄関が開く。雨の音が強くなった。

祖母が雨の中を出て行った。
僕は追いかける。
連れ戻したとき、祖母の手は震えていた。

妄想の中で、
そしてその中にある怒りの中で、祖母は毎日を過ごしている。
人の家で暴れるため、迎えに来てくれと電話がきた。
祖母を抱きしめながら、僕は何度も何度も頭を下げる。

休日のこと
そんな祖母をやっとのことで連れ戻ったら、
父親が冷蔵庫の前で変になっていた。
死んだ魚のような目をしていた。

そこへ祖母が来たために、
事態は悪化する一方で。
口論になり、互いに掴み合う。
祖母を守ることにした。
何度も父親を投げ飛ばした。
倒れてぶつけた手から血が出ていた。
ごめん と思いながら、祖母に手をあげようとすれば、何度も繰り返した。

それでも、僕の家族なのだ。
かけがえの無い、家族なのだ。

一ヶ月余りの時間。
前半は吐き気のするような日々だった。

少し光の見えそうになった、三月終わり。
いつの間にか春だった。
周りの景色はさくら色になり、
日の暖かさも変わっていた。

毎日、ほとんどの時間を祖母と過ごし、
以前の優しい祖母から確実に変わりゆくその姿を見たこと。
決していいことではないが、
それでも祖母はただ一人。
山の草花の名前も、編み物も、ことばも、優しさも
今僕の中に残っている大切なことを教えてくれたのは祖母だった。

徳島でのこの生活は素晴らしい時間だったと心から思う。
春は切ない始まりだった。