やはり機械ってむつかしい。
よく分からない。
でも、なんとか普通に書き込めるようになった。
今日は中山の働く店へ一人で行った。
そんでビール出してもらった。
つまみももらった。
一軒家カフェで、ずっと前ぼくも働いていた。
今働いているひとは、もう誰も知らないけど、
中山が働いているから、皆よくしてくれる。
アスパラも焼いてくれた。
いい気になった僕はまたビールを飲んだ。
今日は手紙を書いた。
遠くのひとたちに。
割と素直に書けたと思う。
そして、店で展示をやっていたから、コメントも書いた。
全然いいと思わなかったから、批判ではなくて、いいと思わなかったということと、
他の人は素敵ですね、と言うだろう、ということを書いた。
でも自分は素敵とは思いませんとも書いた。
良かったところももちろん入れたけど、進むためには悪者が必要な時だってある。
コメントを書いたのは僕が一人目だった。
なのに、5ページに及ぶ素直なコメントを書いて残りのビールを飲んで帰宅した。
帰宅して、米を炊こうと思った。
米をといで、何回目かの水を流している時に、
自分がとてもひどいことをした気持ちになった。
作品て褒めてもらえないととても悲しくなることを知っている。
一生懸命つくっていることを知っている。
展示をするまでに、きっと色々とめんどくさいこともあっただろうと、予想もできる。
なのに。
米がとげなくなった僕は、とりあえず携帯の充電をしてみて、
こういう時、誰かに連絡を取りたいと思った。が、やめた。
よくわからないけど、シーチキンを食べた。
それから、中山に電話をした。
気持ちを込めて書いたのだけど、コメントを作者が見ないうちに破いてほしい、と言った。
了解、と中山は言い、夜は更けた。
僕は今でも臆病みたいだ。
今日はキセルのサマタイムという曲が頭から離れない。
夏の日を永遠にゆく
帰る道をどこまでも
きっとあの子は来てくれるさ
僕を迎えに
おやすみなさい。



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