2010/02/23

どこか甘く霧がかっていて


姉夫婦、兄
久々に姉兄3人が集まった。
葬式という理由であったけれど。

山の上にある公園へ出掛けた。
下に小さく町を見下ろしながら、
きっとこれからやってくる、家族の変化について思った。
大きな波のような不安。
誰も口には出さなかったけど。

たくさん笑った。
まるで全てが嘘のように。
美しい一日だったと思う。
だけど、この写真のように
どこか甘く霧がかっていて
本当にこんな日があったのかと
そんな感じがする。

あたたかな日だった。
あの一日は春の匂いがしていた。


2010/02/17

2月8日午前6時51分


じじが死んだ。
何も言わず、何も残さず
じじは眠って死んだ。

いつもの中で、いつものように。
違ったのは、死んだこと。
もう骨になったこと。

偉大な人だった。
この体の中にはじじの血も流れていて、
あの大きな背中に、いつか追いつかなければいけないと、
思う自分がいる。

目が見えなかった。
最後は話もできなかった。
でも僕はじじが弱音を吐くところを、ほとんど見た事が無い。
生まれてこの方、だ。

よく橋の上を歩いていた。
よく帽子を被っていた。
禿げていたから、冬場はニット帽だった。

家に帰ると、
おー帰ってきたか。
なんか食え。と、いつも言った。
まだ元気な頃、久しぶりに家族が集まると、
ご飯を外に食べに行こうといつも言った。
中華がええか?
焼き肉か?
すき焼き食うか?
うまい肉買うてくるか?
じじの奢りじゃ。

じじの葬式には600人を超える人が来た。
それは長い行列だった。
その行列を見ながら、
じじ、よかったな こんなにじじのために人が来てる
そう思った。

じじの体がある最後の夜
ばばはじじの眠る同じ部屋に布団を敷いて眠った。
眠る前、ばばは泣いた。
皆が背中をさすり、眠らせた。
何度も起きた。
あの時、ばばは何を思っただろうと考えると、胸がつまる。
隣には死んだじじ。何十年もこうして隣同士で眠っていた二人。
起きては少しじじを見て、また眠った。
じじではなく、壁を向いて。

じじが死んで、以前のばばも一緒に消えた。
もう、前のばばではない。
いつも微笑んで、いつも孫の心配をして
いつもじじの面倒を見ていた、
あのばばではない。

妄想の中に閉じこもった。
毎日おかしなことを言うようになった。

あの病室。
あの、じじの隣。
人の闇というのは、きっと埃のように、
少しずつ、少しずつ重なっていくのだと思う。
あの狭い病室で、ほとんど何も話さないじじを見続けた約半年。
90の体のばばが、せっせと働いた。
想像ができない。
あの空間に一体何があったのか。
白い壁に、一体何が見えていたのか。
本当に申し訳ないと思う。
どうか前のばばを返してほしいと思う。
編み物を教えてくれた、
僕の大好きな自慢のばばを。

だけど、もう仕方ないのは分かる。
そして今も変わらず、ばばなことも分かる。
苦労をかけたこの何十年。
育ててくれた24年。

ばばと歩く時は僕の腕か手を握る。
こうしていつまで歩けるだろうか。

10代だった頃、家を出るときに、
行って来い、とじじが強く強く握手をしてくれた。
人の手があんなにも分厚いものだと、初めて知った。
じじが死んだ。
大切な僕の家族。

じじが死んでしまった。



2010/02/07

大学3年の春休み


ここ数日、全速力で現実逃避をした。
アイツのせいだ。
アイツは僕の心を掻き乱すのだ。

バイトもいつもより長く入った。
アイツなんだ。
バイトをしていればアイツのことを考えなくて済む。

アイツのせいで、
ここ数日、偏食だ。

冷凍のかけ蕎麦を食べ、
冷凍のうどんを食べ、(もちろん具はない)
またのそのそとベーコンを焼き(常備してある)
小林さんがCMの、イングリッシュマフィンを焼いてベーコンをはさんで食べる。
そのうちまたうどんか蕎麦を食べ、
最近ひいきにしているポテトチップス(割と常備してある)を食べる。
これを何度も繰り返す。

全部アイツが悪い。
ベットじゃなく、カーペットの上で寝るのも、
手帳を開くのが嫌なのも。

全速力で遠くまで逃げてきたから、
今度は全速力のもっと早いスピードで、
戻らなければばらない。
いつもこうだ。

ポテトチップスがなくなった。
うどんはまだある。蕎麦はもうない。
買い出しに行かなければ。

アイツめ。
負けないゾ!